私が経験した摂食障害について①
皆様こんばんは。週末が終わる夜は少し淋しく思いますね。
Office Assistanceのブログでは、摂食障害やアディクションの基礎知識やアディクションの原因となる物質の作用、種類、世間では知られていない事実、内分泌や代替医療など、医療とは違う視点で健やかになっていく方法をお伝えしていきます。(医療は否定しません。ブログの内容は前後しますのでご了承ください)
私が自身で寛解(精神的な状態に完治と用いる事ができない)させたことがきっかけで、その体験をもとに、カウンセリングを提供しています。
本日は私の摂食障害が発症したきっかけとその内容を少しお伝えしていきます。
私が母親の胎内に居る時から環境は良くありませんでした。(帝王切開、粉ミルクのみ)、幼少の頃から周囲に気を配っていなければ安心できなかったためいつも疲れていました。
その疲れの中で小学校、中学校、高校に通う事、友人と遊ぶ事、アルバイトする事が正直必死でした。加えて家庭が崩壊していたため、精神的に頼れる存在はいなく、問題ばかりが起きるので、多くのことに集中出来ず大きなストレスを抱えていたため、過食することが多かったです。(過食の意識なし。嘔吐なし)
ですが、この時代だと「よく食べる子」で片付いていました。
ストレス過多により強迫行動も出現しており、床を素足で踏めない。入浴中に何度も体を洗うなども経験しました。
高校生になると、半分不登校になりました。(友人関係は良好でしたが、家庭内のトラブル、都会への通学、アルバイトと中学校よりもストレスが増加しました)
卒業間近には、就職する意欲も失せて、ホステスをしようと思いすすきのでホステスのアルバイトを始めました。
そのうちおかげさまで人気が出てきたので、夜間に家出をしました。(母親には黙って)
そして1人暮らしを始めるのですが、都会での生活、ホステスはアルバイトからレギュラーになり、少しぽっちゃりだった私は外見を気にし始めます。周りの仲のいいホステスさん達はみんなスタイルが良かったので。
少しずつ自然と食欲が無くなっていき54キロくらいから48キロくらいになり(21歳の時に)丁度良い美容体重であったのにも関わらず、「もっと痩せたいもっと痩せたい」と切望するようになります。
そんな時に、お友達とお休みの日に焼き肉を食べに行きつい食べすぎてしまいました。食べ過ぎて苦しくて自宅でいてもたってもいられず、喉に指を入れて嘔吐したのです。
その時の爽快感が忘れられず、その瞬間から摂食障害が発症しました。
ですが、以前に投稿したブログにも記載した通り、私のストレス過多は母胎内から徐々に始まり、どうにか適応していましたが、21歳で発症してしまいます。
この続きはこれからまた投稿していきますが、
摂食障害を悪化、増加させない為に必要なのは、この予備軍の状態で異変を察知して環境の調整やストレスの除去、安心感の提供が重要なのです。
一度でも嘔吐や体重の大幅な減少で脳や肉体、心が快楽を記憶してしまうとなかなか元の状態に戻す事が難しいのです。
Office Assistance
都筑裕子