感覚的世界を克服するとは。
皆様こんばんは。
本日は少し温かかったですね。
私はカウンセラーですが、ターミナルケアを学ぶ為に勤務もしています。
ずっと避けて来た分野だったのですが、ある看護師さんの「私は看護師として人生最大のイベントである人のターミナルケアに携われる事を誇りに思っています」
とお聞きした事がずっと頭に残っていて始めました。
また、30代で重度認知症高齢者の方々への支援を初めて日本の医療と介護を受けて人生を全うする事に大きな疑問を持ち、尊厳死協会に入会しました。
その後も福祉の分野では色々な経験を積んでいくのですが、日本での死に対する解釈があまりに感覚的、物質主義的になり、「生きる事が人生であり死は恐怖そのものである」というような解釈にまた疑問を持つようにもなりました。
死後の世界に行って帰って来た人はいませんし、私達がどこから来てどこにいくのか?
全くわかっていないのに決めつけて考えるのはよくないなと思うようになりました。
そこで巡り合った人物がルドルフ・シュタイナーでした。
彼の思想はグノーシスと哲学の融合である一面とオカルティズムという一面がありますので、そのオカルティズムに偏見を持たれてしまい、カルトのモデルにされたりもしていますが、神秘哲学的な語りには強い説得力があると感じています。(カルト的な要素は見受けられません)
彼は死について
「死によって感覚世界そのものが克服される」
「死とは、かつての超感覚的世界がもはや自分自身によってはそれ以上前進できない地点にまで到達してしまった事の表現以外の何ものでもない」
と書かれているのを読んだ時に、とても安心したのです。
私達は日常を生きていると年齢を重ねていくうちにあらゆる不安が襲ってくると思います。
お金の事、家族の事、病気の事、終の住処についてなど考えたらキリがないのですが、これらの事は全て「感覚的認識」です。
ルドルフ・シュタイナーは死について「感覚的世界の克服」と表現していますので、物質的に死を考察せずに「超感覚的」に理解しようと努める時に死に対しての恐れは減っていくのではないでしょうか。
それでも私達は日々感覚を駆使して生きるのですけどね。
(宗教とは無縁です。また死を進めている訳でもないので誤解なさらずお読み頂けると幸いです)
参考文献:ルドルフ・シュタイナー著「いかにして超感覚的世界の認識を獲得するか」筑摩書房2017年
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