ゆとりがないとどうなるのか?
ゆとり→時間、空間、精神、経済などが窮屈ではない状態の事ですね。
私の経験上、ゆとりのある人や私も含めて人様と何らかの関係性を持つ状況になった時は、余程の危険がありその結果が本人の大きな不利益になる場合に限って、その事をご説明しますが、それ以外は基本的に「よくお考えになってからご自由になさったらいかがでしょうか。」としか言えないのです。(カウンセリングは例外)
ゆとりがない場合、人は不安を抱えます。(不測の事態に備える余裕がないため)
ですが、不安でいる事は苦痛を伴うためどうにか不安を解消しようとします。
その結果「過干渉になります」
「それをするな」
「そうしたら痛い目にあうぞ」
「将来大変だぞ」
「お前のためなんだ」
これらの事は実現しません。
不安な人が周りをコントロールしていたいだけの表現でしかないので。
どんな人と一緒に居たいですか?
多くの人は安心出来て希望のある会話が出来てよく話を聞いてくれる人といる事を望むと思います。
例え贅沢な暮らしをして沢山のお金を稼いでいる人でも上記の言葉が出てくる時、その人は「先々このままでは自分が危ない」事を理解している人です。
だから必死になるのですが、
「希望」とか「可能性」とか「心の豊かさ」とか「他者の幸福を願う」姿勢で人生に挑んでいる限り、テクノロジーがどんなに進歩しても進べき道は沢山用意されています。
「現実を操作するための基本的な道具は、言葉を操作することである」
(If you can control the meaning of words, you can control the people who must use the words.)
フィリップ・Kディック
(映画ブレードランナーの原作「アンドロイドは電気羊の夢を見るのか」作者」
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都筑裕子