依存の新形態(物質依存から行動依存へ)
まず、依存症の意味を歴史から見ていきます。
わが国では「依存症」という比較的差別的な言葉がありますが、この語源はどこから来たのでしょうか。
英語では「addiction」になりますが、この言葉の語源は古代ローマで「奴隷になる宣告を受ける」意味を持っていました。
人にお金を借りて返せなければ裁判でこの言葉を浴びせられる。その為、借金を返し終わるまで奴隷として働かなくてはならないのです。
そして1800年代、医療業界がまだ薬品として用いられていたコカインを患者に使用していく事で患者が依存していく傾向を持つようになった事に気付き始めます。
この頃からaddictionの持つ意味が変わり、精神作用物質などの依存をaddiction として認識するようになりました。
そして現代ですが、勿論ドラッグを巡る物質依存を代表としたその他の依存性も(アルコール、ギャンブル)、根強い問題として世界中を席巻している事実は変わりません。
そこに新たに加わって来たものがネット依存などの「行動嗜癖」です。
前回のブログ「自分の商品でハイにならない」でお伝えした通り、スティーブ・ジョブズが新たなテクノロジーを発表しましたが、彼は設計していますのでその危険性を熟知していたから自身も家族にも必要最低限しか使用しない方法を取っていたのです。
SNSのいいねやハッシュタグ、終わりの見えない投稿、誰かの非日常的な投稿やブランド物の爆買いやその自慢を見て、負けたくない!と思いその目的のために更に高いものを買う、旅行に行く、ファーストクラスに乗ったなどなど、
自分の内的な成長とは無縁の投稿に毎日毎日影響され続ける生活というのはどこに終着点があるのでしょうか?
ましてや、それらがテクノロジーを生み出す企業の利益に繋がっている事が本当の意味での幸福なのか?を自問自答す必要があると感じています。
そう言いながら私自身も、自撮りやブランド物など(大した高額な物ではないですが)をSNSを用いて投稿したりこのブログでも投稿していました。
ですが、ある時「投稿するために行っているのか。行なった事を投稿しているのか」疑問が生じました。
私のサロンはアディクションに特化していますが、特に積極的に依存性治療しましょうとはお伝えしていません。何故なら本人に選択する権利と自由があるからです。
私がSNSをやめたりこのブログで私生活を投稿する事をやめたのは、他者とは関係なく自分の人生を現実で送りたい事とマウント取りレースに参加する事に意味がない事に気がついたからです。
人生の再構築を行なっております。
まだこれから行動嗜癖について考察していきますが、最近ある宗教団体が解散しました。これらの宗教もアディクションを形成し、お金を巻き上げていく仕組みになっています。ですが、やり方が酷く元首相の暗殺にまで至ってしまいました。
宗教は解散しましたが、情報弱者からお金を巻き上げる仕組みは更に巧妙になり、マルチ商法も多様化しています。
SNSやマッチングアプリを使った勧誘が行われ、その内容もあからさまではないので、気付かない事も多いかと思います。
「最新のマルチ商法」
https://kimichan-mlm.com/misesukon/
ではまた次回に続きます。
参考文献「依存性ビジネスの作られ方(僕らはそれに抵抗できない) 」アダムオルター ダイヤモンド社2022年
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都筑裕子