行動嗜癖とは何か?
物質依存中心から現代社会は行動嗜癖へと依存の形態を変えています。
それは、遡ればアヘン戦争を真似た企業の戦略だと捉えるべきかと思われます。(デジタル技術への依存をビジネス化する)
アヘンは痛みを緩和させる非常に優れた植物ですが、乱用され尽くしてしまい、緩和ケアなどの医療以外の分野では使用すると「罪人」にされてしまう為、それらと類似した精神作用物質に対しての偏見も尋常ではありません。
また、現代では「禁酒」や「禁煙」がステイタスとなっている為より一層物質依存への偏見が強い印象を受けます。
行動嗜癖の定義とは
「害がありそれなしでいる事が難しくなった体験に自ら執着する事である。物質の摂取を伴わずとも強い心理的欲求を短期的に満たし、その一方で長期的には深刻なダメージを引き起こす行動に抵抗出来ない事を指す」
この行動嗜癖に近い概念に強迫観念や強迫行為が存在しています。
強迫観念は自動思考のように自分の意思でコントロールできない思考がある事で、強迫行為は自分の意思で止める事ができない行為の事を指します。
この両者の違いは、依存性だと物質を体内に取り入れる事で即座に快楽を得る事が出来るという報酬がある事。(正の強化)
強迫観念と強迫行為は、したい事をしないでいることに対して強い不快感が生じているため不快感を取り除く行為を行う事で安心する事です。(負の強化)
また、我々が肯定的に使っている概念の「情熱」ですが、強迫性の情熱というものもあります。
これは情熱を注ぐ活動をせずにいることが出来ない状態で、情熱が人間を振り回してしまう事であり、本人はそれを制御できないためいずれアイデンティティが呑み込まれてしまい生活と他の活動の間で齟齬が生じてしまう事です。
ですが、行動嗜癖と強迫性の情熱については、白が黒ではないくらいの認識でしか理解する事が難しいのかも知れません。
私の行動嗜癖についてですが、約20年程前にTwitterやFacebookが登場してハマりにハマった時期が1年ほどありました。
その頃はホステスもやめて医療法人が母体の社会福祉法人で精神疾患の方々の地域移行に向けた支援を行う施設で正社員勤務をしていたのですが、SNSが楽しくて楽しくて、仕事中もやる事は全て行い空いた時間でスマートフォンをずっと使っていたのですが、それが法人内で問題化され「○○さんの携帯いじりについて」という議題で会議をされてしまった事がありました。(仕事はしたのだから空いた時間をどう使おうが私の自由だと思っていたところが非常識でしたね)
そこでやり尽くして飽きてしまったのです。
プレステ2の時も、バイオハザード2やサイレントヒルが出た時でハマってハマって、1週間くらい仕事を休んで、室内の電気も消して日中はカーテンも閉めて攻略本も購入して命懸けで終えたのです。
そうしたらもう飽きて以降ゲームは一度もしなくなってしまいました。
この両者の体験についても、行動嗜癖でもありゲーム攻略する、SNSを全力で頑張るという強い情熱でもありどちらがどちらか判断しかねますよね。
ですが、ある精神科医は人口の35%が患うであろう行動嗜癖であるならばそれは疾患ではなく人間の本質の一部だという見解もあります。
実際に私たちは生まれてからあらゆるものに依存して成人します。それは依存とは表現しなくても本能ではあると思うのですが、
テクノロジーにこき使われて健康を損なう可能性があるのであれば、逆にその本質を知り分析して、自分で衝動を簡単にコントロール出来る力を培う事がこれからの時代を生き抜く手段であると感じます。(全てにおいて思考せずに認識力を強化するのです)
参考文献:アダム・オルター著「依存性ビジネスの作られ方」ダイヤモンド社2022年
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